2016年9月20日火曜日
介助犬に感動!
動物は好きなのですが,ペットには興味無く,むしろアンチペット派なのかも知れません.動物を飼うことによる行動や時間の制限が主な理由ですが,癒しを求める対象が違うことも一因です.
先日,自宅近くの展示施設で県主催の「ふじのくにケアフェスタ2016」という高齢者介護に関する催しがあり,県財団からの推薦団体の出演もあり,取材をかねて出かけました.その時に初めて介助犬の実演を見学しました.
介助犬とは盲導犬,聴導犬とならぶ身体障害者補助犬の一つで,手足に障害がある人の日常の生活動作をサポートします.物を拾って渡したり,指示した物を持ってきたり,着脱衣の介助等を行います.外出時には「介助犬」の表示をつけて主人に付き添います.
今回出演の介助犬はパティという名のラブラドールレトリバー♀です.常に主人の脇に付き添い指示を待ちます.落とした携帯電話を拾うよう指示すれば,壊れないようストラップの部分をくわえ拾い上げます.用をたす時は指定のトイレシートを使うよう訓練されています.その他,窓を開ける作業や主人の靴,靴下を脱がせる,冷蔵庫を開けてペットボトルを持ってきたり,空ボトルをゴミ箱へ捨てる等の実演を見ているうちに,言いようもない感動に包まれていました.介助犬の忠実さや賢さはもとより,ここに至るまでの訓練の過程等,人と犬との愛情と忍耐でつながって成し得た成果でありましょう.
犬をペットとして購入する場合はほとんどが高価な子犬であり,成犬になると大幅に低価になってしまうようです.売れない犬は処分されますし,購入したペットも思うように育たなければ捨てられる運命です.介助犬と家庭犬は勿論異なりますが,パティの目は「ペットは玩具じゃないよ」と訴えているようでもありました.
介助犬パティの紹介
携帯ストラップをくわえる
指定のトイレシートで・・・
介助犬ベストをつけて
窓を開ける
靴下を脱がせてくれる
冷蔵庫を開けて
ペットボトルを持ってくる
空ボトルを捨てる
聴導犬ひめちゃん(チン♀)
電話を知らせるひめちゃん
2016年9月15日木曜日
中秋の名月
今宵の月は満月ではありませんが中秋の名月にあたり,雲間から恥ずかしげに覗いてくれました.これほど月を愛でる風習は欧米では無いようですが,日本や中国では古くから月への愛着があったようです.地球上のざわめきを涼し気に伺う月.今宵もクールに輝きます.
2016年9月11日日曜日
広島東洋カープのリーグ優勝
普段プロ野球放送などほとんど見ませんが,昨日はNHKでフル観戦しました.広島東洋カープの25年ぶりのリーグ優勝がかかった大一番です.相手は巨人で申し分なし.会場がマツダスタジアムでないのが地元広島ファンには残念ですが,東京ドームの3塁側スタンドはカープファンで真っ赤に埋め尽くされました.先発の黒田投手は序盤2点先行されましたが,6回まで見事に投げ切り継投へつなぎます.投手といえども打席に立てば打者として粘りを見せる.こうしたところに優勝への執念が滲み出ます.鈴木の2打席連続ホームランはまさに“神ってる”でした.黒田や新井といったベテラン選手の姿を見ながら,若手選手が育ってきたまさにチーム力でつかんだ勝利といえます.
さて,どうして私が広島カープの優勝を喜ぶかといいますと,自動車メーカーのマツダが好きだからです.私が小学生だった頃のわが家初の自家用車はマツダの軽だったと記憶しています.2台目は当時大ヒットした青緑色のファミリアバン.直線的なデザインが人気でした.3台目はオーバルシェイプの曲線を活かしたデザインの白のファミリアバン.当時,東名高速道路が開通したばかりに父のドライブで出かけた時はウキウキでした.それから数年後,私自身の初の自家用車となったのがサバンナRX-7です.カミさんの兄貴から安く譲り受けた車ですが,なにせロータリーエンジン搭載のスポーツカー,まさに「かっ飛ぶ」ような車でした.その後はホンダ車,トヨタ車を乗り継ぎ,現在の足となっているのがマツダのデミオ君です.マツダ車の気に入っている点はデザインとカラーリングですね.特にここ数年のデザインは国内では抜き出ているように思います.それとマツダの企業姿勢として国内生産比率を維持している点です.日産をはじめ他社の多くは早くから海外生産比率を高めコスト削減に腐心していますが,マツダは国内労働力を活かしつつ,優れた独自の技術力で開発を進めてきました.今では生産していませんが,ロータリーエンジン開発メーカーとして世界的名声を得,現在はクリーン・ディーゼル・エンジンでやはり独自路線を走り続けています.こうした他社がやらないことをする企業風土,文化になぜか魅かれるものを感じます.広島東洋カープの東洋はマツダの前社名「東洋工業」からきています.リーグ優勝を果たしたカープにはクライマックスシリーズ,日本シリーズも勝ち抜き,日本一を飾ってもらいたいものです.
2016年9月8日木曜日
Suicide
新聞記事より.自殺願望が若年層で高いとのこと.以前は中間管理職の自殺が多いと思っていた(実際の自殺数はその通り)ので20代~30代が高率とは意外でした.その原因は何なのだろう.私が思うのはITの著しい進歩に人のリズムがついていけないことではないかということです.スマホに代表されるITツールの普及はSNSといわれる各種情報の渦に多くの若者を巻き込みました.大半はその利点を活用する反面,情報に翻弄される一部の精神的弱者が負の世界に突き落とされたかのようです.若年者は人生経験が浅い分,こうした目先の情報に溺れがちなのだと思います.人間の欲望は果てしなく抑制もなく突き進みます.こうした文明の利器も果てしなく進歩を続けます.その進歩の行き着く先は時間の短縮化であり合理化です.人は機械ではなく,ひたすら合理化を目指すものではないはずです.時に無駄な時が必要なのです.そのうちかなりの作業,仕事がAIにより取って代わる時代となるでしょう.それこそ人は大いなる無駄なことに時間を費やす時代が来るかもしれません.でもその時代に生き続けられるのは自分のアイデンティティを持ち続けることができる人に限られるのも確かでしょう.でもその前にもっと切実な問題が横たわっています.地球上の人類の欲望の果ては地球温暖化という喫緊の課題として突きつけられています.今世紀末には日本の平均気温が40度以上になるとの予測は,現状の環境対策を考慮しても避けられ難い未来を示します.まさしく地球上の人類全体による自殺行為なのです.
2016年8月30日火曜日
N響静岡公演
昨日はN響静岡公演が清水文化会館マリナート大ホールにて開催されました.N響の歴史は1926年「新交響楽団」として発足し,その後1951年に現在の「NHK交響楽団」と改称し,今年は90周年を迎えることになります.今回の静岡公演はNHK静岡放送局開局85周年記念でもあります.N響演奏会は初めて聴くと思っていたのですが,よくよく思い出せば40年以上前(学生時代)に甲府市で岩城宏之氏の指揮で聴いた覚えがなんとなく・・・ですので実質初めて聴くようなものです.
この日のプログラムは①歌劇「売られた花嫁」序曲(スメタナ),②「P協奏曲イ短調」(グリーグ),③「交響曲第8番」(ドヴォルザーク)の3曲,指揮は高関健さん,ピアノは児玉桃さん,コンサートマスターは篠崎史紀さんです.よく知られた馴染みの曲構成ですのでリラックスして鑑賞できました.それにしてもN響の実力は想像以上に高く,繊細なppから圧倒的なffまでの広大なダイナミックレンジ,豊潤な弦楽器群と高らかな管楽器群,一糸乱れぬ高速パッセージ等々素晴らしい演奏でした.さすがに欧米有数のオケと肩を並べるほどと云われるだけのことはありますね.まさに感動ものです.
アンコール曲「ルスランとリュドミラ」(グリンカ)も完璧でした.非の打ち所がない演奏を聴くと本当に気分爽快になります.
会場の清水マリナート大ホール
2016年8月25日木曜日
シン・ゴジラ
ゴジラ君の誕生は私が生まれる翌年のことです.彼もその時代時代に沿い様々なキャラクターを背負わされてきましたが,ここ近年はその原点が見直されてきているようです.すなわち,人類が生み出した水爆がゴジラ誕生の起源であり,戦後70年を迎えた昨年を一つの節目とし,その原点がより先鋭化されてきているように感じます.ハリウッド版ゴジラでは“GODZILLA”として神化した生物として扱われていますが,米国監督が日本の「おろち」を参照し,CG化したゴジラを表現していたのには感動しました.
本家ゴジラが“GODZILLA”に感化され本邦での登場となりました.始めの登場シーンではなんじゃこりゃ?と観ていたのですが,進化の最終形はハリウッド版に勝るとも劣らない圧倒的迫力のゴジラとなりました.特に印象に残るシーンはゴジラの吐く火炎と放射線により東京のビル群が跡形も無く破壊されていく模様です.その規模といい,破壊力のすさまじさには戦慄を覚えるほどでした.これこそ広島,長崎で投下された原爆の実相なのでしょう.無碍なく破壊されていく様にはひどく絶望感と空虚感に襲われました.人類が自ら「絶対悪」を生じさせてしまった断末魔でした.
日本が生んだ怪獣ヒーロー「ゴジラ」.世界が真の平和を迎えるまで,姿形を変えながら吠え続けることでしょう.
リオ五輪
開催前には施設工事は間に合うのか,治安は?テロ対策は?ジカ熱は?などと懸念材料ばかりが取り沙汰されたリオ五輪でしたが,無事閉会式を迎えました.私が一番心配していたのはブラジル国内の経済低迷による政権弱体化,治安不備によるテロ事件発生への懸念でした.現地マスコミによれば五輪会場への入場チェックはボランティアによるところが大であり,その実情はかなりいい加減のようでした.まさにテロリストにしてみればいとも簡単に大観衆の中に立ち入ることができたわけです.そんな不安もよそに何事も起こらず無事この日を迎えました.聞けばロンドン大会の倍以上の警察官警備が敷かれたようです.競技場施設も大幅な予算削減により簡易的な造りとならざるを得なかったようですが,終わってみれば目立った事故も無く,各施設はそれぞれの機能を果たしたようです.むしろ競技内容はまさしくオリンピア精神に基づく素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられました.このところの商業的興行化した五輪に対して原点回帰を思い起こさせる大会ではなかったかと.これは南米という地理的,人種的背景も大きく影響を及ぼしたと考えられます.初の南米開催のオリンピックは幾多の試練を乗り越え,世界に感動をもたらした見事な大会でした.
残念だったのはスポーツ大国ロシアのドーピング問題でした.ロシアの本来の実力がどれほどのものかは知る由もありませんが,世界的に高水準であることは間違いないでしょう.優れたライバルが欠ける中でのメダル順位に真の喜びが得られるのかは参加競技者自身が一番感じているのではないでしょうか.
4年後の東京開催で期待されていることは何か.やはり五輪の本来の趣旨に立ち返ることではないでしょうか.紀元前9世紀,古代ギリシャ都市国家は互いに戦争が絶えなかったが,オリンピックの開催期間だけは停戦協定を結んだといわれます.これこそが平和の祭典といわれる所以です.2020年の世界情勢がどうなるのか見当もつきませんが,リオ五輪が示したアスリートの最高のパフォーマンスに素直に感動する場を提供する運営を目指していただきたいものと思います.設備と治安に関しては東京は他都市に引けを取りませんし,「おもてなし」の精神を加味し,世界の五輪ファンに東洋の島国日本の良さを体験いただければ嬉しいですね.
それにしてもサッカー,ブラジル金メダルにはしびれました.開催国としてのプライド,ボランティアへの神からのご褒美でしょうか.
肥大化した五輪開催は国家間の政治的問題や経済状態をはらみつつも,その原点はやはり全世界の注目を集めるだけの価値ある祭典であることは間違いありません.なぜなら称えられるのは国家ではなく,それらを超越した競技者一人一人なのですから.
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