2011年10月23日日曜日

マンドリンな一日(二日目)

絃楽器イグチで本場イタリア人によるマンドリンの公開レッスンが行われましたので出掛けてみました.講師マウロ・スクィッランテ氏はナポリ出身のマンドリン奏者であり,マンドリン属楽器に関する研究者でもあるとのこと.ビアンカの友人も受講するとのことで興味津津です.
本日の受講者は5名で,私は単なる聴講者の一人です.最初の受講者はマンドラによる夜想曲「星空」(R.Calace).知らない曲ですが親しみやすいいい曲のようです.
二人目の曲は「愛の唄」(C.Munier).ほとんど重音の無伴奏独奏曲で学生時代によく練習したものですが,なかなかきれいに弾けない難曲です.ソロコンでの課題曲にも取り上げられますね.この重音をどのようにきれいに聴かせるかということに神経を使いがちなのですが,講師は冒頭の主題の主旋律のみを“恋人に愛を語るがごとく”弾けといいます.こうしたところが一般の奏者の苦手なところかも知れません.テンポの変わり目も“恋人との間になにか変化が?”とか心情の動きを執拗に問います.技巧的なことよりもむしろ,その曲を弾くことにより聴き手になにを伝えたいのか,表現したいのかといったところを重視します.
三人目は女性マンドリン四重奏団で活躍中の奏者で曲は「Piccola Gavotta」(R.Calace).この曲も親しみやすい佳曲のひとつです.こんな曲をきれいに流れるように弾けたらいいなと思います.講師の指摘は2拍子の取り方,3回表れるフレーズのそれぞれの弾き方など具体的で参考になります.
四人目はビアンカ友人の「Polonese」(R.Calace).当曲もマンドリンソリストが好んで弾くピアノ伴奏付独奏曲です.友人の演奏はそれまでの奏者にくらべ明らかに音量が高めで,独特のエジルドサウンドを響かせていました.指導面は小指のリーチから始まり,ひたすら左手の構え方に終始しました.講師の印象として日本人の奏者のほとんどが左手の構え方がフレットに平行になっておらず,運指に問題があると指摘しておりました.
最終奏者は演奏家で指導者でもあるMさん.曲は「アリア第4番主題と変奏」(G.Leone)です.受講者自身も述べておりましたが,演奏技巧的にもかなりの無理を強いる難曲とのことです.さすがにMさんはほぼ完全に弾き切っていたように思いますが,講師からは入念な指導を受けておられました.指導者による指導者への講義はそれまでの内容と微妙に違うなと感じました.
5時間ほどのマンドリン講義でしたが,素人なりにも参考になる点がありました.人前で楽器を弾く時は,それにより何を聴き手に伝えるかを事前に整理した上で演奏に臨むことが大切とのことです.ごく当たり前のことなのですが,楽譜を読み込むことからですね.


2011年10月22日土曜日

マンドリンな一日

午後は早稲田大学MCOB会の演奏会に出向きました.ポイントは西条八十生誕120年記念作詞名曲が4曲,オリジナル曲ではローラ序曲,歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲はビアンカでやったばかり,2部ではベト7の全曲と意欲的なプログラムでした.
大隈講堂大講堂に入るのは娘が入学したばかりの頃で5~6年ぶりとなります.早稲田のMCも大変歴史があるようなのですが,その後の発展は慶応や中央の後塵を拝しているかのように思えます.本日の演奏を聴いてもいまひとつ印象に残るものがありません.関東の私大の雄としてスポーツだけでなくマンドリン音楽においても確固たる歴史を残してほしいものだと感じました.
大隈講堂
大講堂2階席より

さて,今夕はビアンカ20回記念演奏会のDVD鑑賞会が催されました.ビアンカに相応しくイタリアンバーでパスタやワインをいただきながら,記念演奏会の各シーンを振り返りつつ皆で感動をかみしめました.私などは新参者なのですが,参加できた偶然性と音楽の完成度の感動を再び味わうとともに,次回の演奏会への期待に胸を膨らませておりました.

各シーンごとに拍手,歓声が

 

2011年10月16日日曜日

整然の感動

体操世界選手権にて内村航平選手が個人総合3連覇を成し遂げました.ゆかや鉄棒演技の最後を決める着地の瞬間の感動はなんとも言えないものです.内村選手の着地は着地点に吸い込まれるような微動だにしないまさに整然の感動そのものです.
ライバルの中国では種目別で好成績をあげるスペシャリスト育成に注力しているようですが,内村選手は体操のオールラウンダーとして世界のトップを制しました.これは体操選手として2倍,3倍以上の価値ある名誉でしょう.しかも日本の体操はただ高難度わざを決めるだけでなく,その整然さにこだわり続けてきたといわれます.日本人の誇りの一端を22歳の若者が世界に示してくれました.

2011年10月12日水曜日

鈴虫君の運命

我が家に鈴虫君がやってきて1ヶ月余り.たしか雄雌5匹づつ虫籠にいたはずでしたが,ついに昨夜,雄が一匹もいなくなってしまいました.1匹の雄が鳴き始めやがて2匹,3匹と揃って鳴くようになり,鈴虫らしい音色を発しておりましたが,やがて次第に減り始め,このところは1匹で寂しく鳴いていました.そして昨夜,その最後の雄が雌に食べられていたのです.雌は結局4匹残りました.
鈴虫の飼い方を調べたところ,キュウリなどの野菜とともに削り節のような動物性の餌も必要とのことで欠かしていなかったのですが,次第に雄が雌に食べられていったようです.虫の世界とはいえ,厳しい現象を目の当たりにしました.
翻って人間はどうでしょうか.こと日本では男が一歩外へ出れば7人の敵に囲まれており,身を削りながらも稼ぎを家に持ち帰るもので,女は家で子供や家庭を守りつつ男の帰りを待つ.さすがに今日ではこのような化石的考え方は通りませんが,一時代の習わしであったことは事実でしょう.定年退職と同時に蝉の抜け殻のようになってしまう男を傍目に,女は女同士の交流を広め,その強靭さとしなやかさをもってして人生を楽しみ続ける術を修得する.人間も生き物の内のひとつに過ぎませんね.

2011年10月10日月曜日

国営昭和記念公園

マンドリンの練習では幾度となく立川まで行っているのに,東京都でも有数の広さを誇るこの公園には一度も訪れたことがありませんでした.丁度コスモスが満開というので花の丘に行ってみようと思い立ちました.

公園ほぼ中央にあるシンボルツリー
                                   「大ケヤキ」


園内移動に便利なパークトレイン

「花の丘」満開のコスモス



コスモスが咲くと秋を感じさせますね・・・







2011年10月8日土曜日

クラプトン波乱の人生

5日の晩に録画しておいたNHK「ギター神エリック・クラプトン波乱の人生インタビュー」を見ました.クラプトンの生い立ちから友人ジョージ・ハリスンとその妻パティとの関係,ビートルズとの「While My Guitar Gently Weeps」録音風景など貴重な録画が収録されておりました.先日夭逝したアップルのS.ジョブズ氏もそうですが,大衆の趣向をリードする人材は非凡な人生から生み出されるものかとの思いを強くしました.クラプトンは両親との離別後,祖父母に引き取られ育てられたとのことです.引きこもりがちな子供に祖父母が1台のギターを買い与えたことがその後のロックの神様と崇められるアーティストを生み出したきっかけとなるのです.その実力により名声を得たクラプトンは一時はドラッグ,またある時はアルコールにのめりこみ人生をふいにするところでしたが,間際のところで踏みとどまります.友人の妻への想いから生まれた「いとしのレイラ」,4歳の息子を事故で失った傷心の中で作曲した「Tears in Heaven」等,まさに波乱万丈の人生から生み出された作品といえます.凡人からは生まれ得ない魅力を醸し続けているアーティストのひとりです.

2011年10月7日金曜日

日本橋夜景

日本橋に夜の灯りが戻りました.

中央三井信託銀行の列柱





2011年10月6日木曜日

時代の寵児逝く

スティーブ・ジョブズが亡くなったというニュースを聞いて驚いた方は多いでしょう.21歳からコンピュータ企業を立ち上げマッキントッシュ,iマック,iポッド,iフォン,iパッドと世界的ヒット商品を次々と創生する天才は56歳という若さで逝ってしまいました.私などマックは扱えないのですが,通勤時にはiポッドから流れる音楽で癒されてまいりました.これらアップル製品はその機能とともにデザインが洗練されていてオシャレ感がありますね.これだけビッグになってしまったアップルの後継者はさぞかし大変な重荷を背負わされることになるでしょう.単なる経営マネジメントだけでなくイノベーティブな独創性をもって商品化する力があるかどうかが問われるからです.まさに天才薄命ですね.