2011年9月17日土曜日

明日は愛好会

残暑厳しい今週も早や週末を迎えました.会社帰りの日本橋夜景をひとつ.


さて,明日は本当に久しぶりに静岡マンドリン愛好会演奏会を聴きに行く予定です.今回が第37回で私が参加していたのは22回,23回ですのでかれこれ15年ほど前のことになります.当時のプログラムを見ると「序曲二短調」,「夏の庭」,「港の見える風景」,「麗しきイタリア」,「挽歌」,「マンドリン芸術」,「レナータ」,「歴史的序曲第2番」,「田園写景」,「メリアの平原にて」等のイタリアオリジナル曲や本邦作品に加えて中野薫ネーサン編曲のカーペンターズ特集やディズニー映画音楽,ルロイ・アンダーソン特集等を演奏しておりました.いやー懐かしい!いまではメンバーも50名を数えるまでに発展しているようですが,22回の時は1stMが5名しかいませんでしたし,ギターはなんとたった2名です.隔世の感がありますね.当時からのメンバーも数人は残っているようですが,このところの増員は若手中心で愛好会もずいぶん若返った感じがします.これも薫ネーサンによる長年の高校生指導の賜でしょう.明日の演奏では若返った愛好会の演奏とネーサンの指揮ぶりが楽しみです.
丁度,きょう季刊誌「奏でる!Mandolin」が届いていましたので,明日の静岡への移動中はこれで時間がつぶせます.

2011年9月11日日曜日

9.11復活

朝からマーラー交響曲第2番ハ短調「復活」を聴き始めました.これから80分ほど作品との対峙になります.1番ニ長調「巨人」と相前後して作曲された作品であり,似たようなモチーフが随所に流れてきます.絶望感や厭世感はまさにマーラー独自の世界です・・・ふと訪れる甘美なメロディーや平穏なハーモニー,鳥の声を模した楽器の駆使などもいかにもマーラーらしい.
終楽章ではコーラスが加わり,時折アルトやソプラノが絡みます.「復活」賛歌の挿入により曲はより最終局面への明示となります.最後は管弦楽にオルガンも加え,「復活」動機が壮大に謳いあげられ全曲を終えます.
なんとも長大な曲であり,いざ聴こうとなるとそれなりの気の持ちようが欠かせません.辺りを整え,スピーカーの中央正面に座して聴きました.コンサートホールのベストポジションで鑑賞するが如くです.
曲が終わり,ふとベランダに目をやればいつの間にか陽光が差し込んできていました.午後はマンドリンクラブの合奏練習に出掛けるつもりです.穏やかな休日に楽器を弾くことができることへの感謝は忘れてはなりませんね.

2011年9月10日土曜日

9.11

明日は東日本大震災3.11から半年になります.奇しくもNYでの同時多発テロ発生9.11から丁度10年を数えます.なにゆえに自然はかくも厳しい試練をつましい営みの人々に与え給うのか,地球上の人類はいつまで互いを憎しみ殺し合うのか,あまりの不条理に苛まれます.
そんなときでも私は一人,ビートルズを聴きながらウィスキーをちびちび飲んでいます.あまりの非力に情けなさが襲いますが,つかの間の楽しげな音楽に身を任せています.平和を追い求め続けたジョンレノンが凶弾に倒れたことをふと思い浮かべながら.
被災者の苦悩やテロ犠牲者家族の悔しさはマスコミ,メディアが伝える画像や音声でしか分かりません.同じ思いを共有するにしても,余りに現実とかけ離れた惨状を見るにつけ,途方に暮れるしかないように感じます.
日本は3.11を境に今後の国の有り様を正しく導くことができるのでしょうか.かの米国が9.11以降辿った道筋は世界正義を貫いたのでしょうか.詳しくは理解していませんが,キリスト教もイスラム教も聖地エルサレムは共通ではなかったのか.宗教には疎く,誤解があってはいけませんので多くは語りませんが,偏った宗教国でない日本生まれを幸いに思います.どれほど自然災害に見舞われる恐れがある国であろうとも.

2011年9月8日木曜日

日本橋クルーズ

毎日渡っている日本橋の南橋詰に船着き場ができたのは今年の始め頃だったと思います.今年は日本橋が現在の石造二連アーチ橋となって丁度100周年を迎えるとのことで,様々な行事が予定されていたようです.この船着き場もその一環でしょう.ところが3月の大震災でこれら行事は頓挫.寂しい100周年になってしまった気がします.
昼間の日本橋


南橋詰の船着き場


初夏の頃からか船着き場に小型遊覧船を目にするようになりました.乗船客の行列もあり,これらはとうに予約している人達だけが乗れるんだろうなと横目で通り過ぎていました.今夕も遊覧船の出航があるようです.日本橋の中ほどまで歩いていくと,マイクで乗船の呼びかけをしている人がいましたので尋ねてみると,あと10分後に出るがまだ乗船できますとのこと.こりゃ乗らない手はないと思い,千円を支払い45分間の日本橋クルーズに乗船してしまいました.微風をかすかに感じる夕涼みにはほどよい時間帯でした.クルーズ船は40人ほどの客を乗せて日本橋川を下り,やがて隅田川に合流.豊洲の高層ビル群を横に見て再び日本橋川に戻りました.3年前に隅田川クルーズで屋形船に乗って以来,久しぶりの都会での乗船体験でした.

日本橋の下から

日本橋クルーズ船

2011年9月4日日曜日

鈴虫君

一週間ほど前,カミさんが日光へ行った折に,鈴虫が数匹入った虫籠を買ってきました.体長がまだ1センチほどの小さいものばかりで,鳴くはずの雄がいるのやら・・・
飼い方はわからないのですが,キュウリの一切れを入れておきました.昨日の夜明け頃,初めて鈴虫が鳴きました.例のリーン,リーンという鈴の音とは少し違った音色です.まだ鳴き始めなのでしっかりした鳴き方ができないのかな.よく見ると型の大きな雄が2匹いました.なんとなく可愛く思えてきました.しっかりした鳴きが聞けるまで元気に育ってほしいものです.

コオロギ cricket  コロコロリー
鈴虫 bell cricket  リーンリーン
松虫 pine cricket  チンチロリン

そろぞれに情緒がありますが,私はエンマコオロギの鳴き声が特に好きです.
まだ蒸し暑い日が続きますが,秋は確実に近づいています.

2011年8月28日日曜日

バッカス20年目の夜

かつしかシンフォニーヒルズモーツァルトホールにてバッカス第21回定期演奏会が開催されました.
昨年は第20回記念でたいそう盛り上がった印象があります.たしか,パストラルファンタジーや舞踊風組曲第1番,しめは新世界の全楽章.さすが若い奏者揃いだからこそ成し得たプログラムなのだろうななどと感心していたものです.中間のアトラクションステージも文句無しに楽しめました.全体を通してバイタリティ溢れるまさに観客を満足させるステージでした.対して今年は・・・
回数としては21回ですが年数としては20周年となる訳で,Anniversary!と名打っておりました.目玉はマリオネットとの共演です.マンドリンと関わる者にとってマリオネットを知らない者はまずおりませんし,演奏会プログラムでもその作品がフィーチャーされる機会が多い人気グループです.バッカスとマリオネットとの共演も何回か行われているようで,お互いにこなれていたステージかと思います.で,私なりのバッカス20周年記念演奏会の印象総括としては今一つ物足りない・・・です.
今回の演奏会で気になった細かい点は,全休止で音が残る(特にパーカッション),ギターの主旋律でのミスタッチ,休止部分での譜めくり音等です.昨年は入魂の度合いというか,全体としてのパワフルさにより細かなミスは気になりませんでした.今回は選曲や編曲も影響したかもしれませんが細かなミスが気になりました.
スペシャルゲストというのは記念イベントには有効ですが,本来の特色を出す演奏にはプラスになるとは限りません.バッカスの記念演奏はやはり昨年で燃え尽きたと思われます.今回はマリオネットのステージに意識し過ぎたのではと勝手に想像いたします.
バッカスは若手奏者が多く,それを束ねるMさんはその人柄と豊富な音楽知識を兼ね備えた優れた指揮者だろうと推察いたします.今後とも楽団としての特性をより発揮し,パワフルなステージを期待しているものです.

2011年8月21日日曜日

鈴木静一展

東京オペラシティコンサートホールにて鈴木静一展が開催されました.
当ホールは1632席ありますが,7割(1000人強)ほどの入りだったかと思います.演奏者は全国から集まった鈴木静一ファン139名です.
現在ではマンドリン演奏会にて単一の作曲家のみのプログラムはそうそうありません.もともと楽曲数自体が限られていますので,かような企画はもうしばらくは無いでしょう.私はたまたま今年新たな団体に入団したばかりでしたので,イレギュラーな企画に参加できるような余裕はありませんでした.が,きょうの演奏を聴き,演奏者としてステージに同席したかった思いは残ります.トリの「失われた都」は大合奏だからこそ成し得る音楽表現がありました.まさにビアンカ20周年記念演奏会でのアンコール曲「メリアの平原にて」のごとく,弾きたい曲にひたすら入魂の演奏をする気持ちが奏者の姿に表れていました.指揮者の小穴雄一さんもその思いは同じだったのではと思います.たしかに奏者とすれば打点の捉えにくい指揮だったかも知れません.しかし,その指揮は好きな曲を演奏できる歓びに満ち溢れていたように私には感じました.いわんやステージ上の奏者は全員が好きな曲を演奏できる楽しさを共有し,その歓びが溢れんばかりの演奏を客席に届けてくれたと思います.限られた練習だっただけに細かいつめの甘さはあったものの,演奏会の本来の趣旨に則ったその成果は,あらためて鈴木静一作品の評価を見直す良い機会を与えてくれたのではないかと思います.