2014年1月1日水曜日

一年の計

新年を迎えるにあたっては,年末に配られる社内報のトップによる年頭所感に目を通すことが習慣となっていました.自分の勤める会社が新しい年をどのように位置付けているのか,具体的にどのような戦略,施策が展開されるのか等々,興味深く頁をめくっていたものです.自分自身も勤続年数を重ねるにつれ,それなりの責任を負う立場になれば,それに準じた自分なりの年頭所感を据えていたものです.定年退職後となりますと,そういった指標はありません.自分なりの目標を掲げ,自分なりの方針を練らなければなりません.家族のことや親のこと,自身の健康管理,趣味や地域社会との関わり等,対象とすべきは多々あります.目標や方針を設定するときに肝要なことは5W1Hを明確にすることですが,とりわけ「いつまでに」との時間軸を意識することです.第4コーナーからの残された時間は限られています.本日は「一年の計は元旦にあり」のまさにその日です. 余談ですが,友人のひとりが昨年の年間映画鑑賞目標を50回と設定していて,数日前に残りわずかとのことでした.今頃は達成感を味わいつつ,新たな目標設定をしていることでしょう.目標達成への取り組みが継続するために大切なこととして,目標値が過大にならないことを付け加えておきます.
※自宅からの初日の出

2013年12月31日火曜日

2013年の終わりに

平成25年巳年の最終日です.この一年は私にとりましては還暦を迎え,36年余勤めた会社を定年退職するという人生の大きな節目となる年でした.たしかに人生の1stステージと別れを告げることは,仕事の第一線から退くといったいわば世間から遅れをとるかのようなイメージもありますが,むしろ2ndステージの始まりと捉えたく思います.演奏会でも2ndステージから正指揮者の登場となり重みが増します.男の場合ですといよいよ第4コーナーに差し掛かったということになります.平均余命からすれば残すところ20年しかないので,思い切り突っ走るだけとも考えられますが,この際焦らずじっくりと自分のしたいことを実現していこうと思います.まずはこれまで共に歩んでくれ,家庭を支えてくれたカミさんや,私が望む進路を着実に歩んでくれている娘に感謝です.
※自宅からの日没風景

2013年12月27日金曜日

ゼロファイター

数日前,デパートのフロア一角にプラモデルのコーナーを見つけ,しばし童心にかえりあれこれ手に取ってみました.飛行機や自動車,艦船に戦車など,数えきれないほど作ったものです.とりわけ「タミヤの戦車」は箱の絵や部品の一つひとつに至るまで実に忠実に再現された模型で人気がありました.その田宮模型は静岡市に本社があります.子供の頃,あれほどプラモデルが流行し,数多く出回っていたのもそのせいかもしれません.飛行機も第二次大戦時の戦闘機が人気でした.メッサーシュミット(独)とスピットファイアー(英),グラマンにムスタング,コルセア(米),そして日本製はなんといってもゼロ戦です.正式には零式艦上戦闘機と呼ばれ,21型や52型等の改良型があります.開戦当時は優れた旋回性能や航続距離,強力な機銃装備等で無敵を誇り,欧米からは「ゼロファイター」と呼ばれ恐れられたようです.
先日はそのゼロ戦が活躍する映画「永遠の0」を観に行ってまいりました.邦画を観るのは何十年ぶりなのか,とにかく前回観た邦画が何だったのかも思い出せません.今回この映画に惹かれたのは,先ずはゼロ戦が重要なアイテムとなっていること,すなわち数日前に出会ったプラモデルのゼロ戦の雄姿につながります.それとカミさんが原作となる小説を読んでいる最中だったことです.本を読まない私は知らなかったのですが,人気小説家によるデビュー作品のようでした.映画を観て驚いたのは特撮技術VFXの効果です.邦画もここまで描写するようになったのかとの思いです.空母「赤城」からの発艦情景や敵機との空中戦等,臨場感に満ちた映像は実に感動的です.これはまさに子供の頃,こんな情景を頭に描きながら模型を組み立てていたワクワク感と同じです.一方,娯楽映画とはいえ,戦争をテーマとした作品は役者にとっても重いものでしょう.ベテラン俳優陣に囲まれ,主役級の若手タレント達が重みを感じさせる演技をしていました.終戦間近の神風特攻隊の悲劇は戦争のもつ悲惨さの象徴として,今を生きる現代人にも決して忘れてはならない出来事のひとつです.生きることの尊さ,数多の犠牲の上に現代の繁栄がもたらされていることをあらためて感じさせてくれた作品でした. 今年はゼロ戦に因んだヒット映画作品がもうひとつありました.こちらはアニメ作品ですが,その監督が後に封切となるゼロ戦関連映画について酷評を述べたとか述べないとか...名機ゼロ戦にまつわる史実について争う映画製作者同士もゼロファイターと言えるかもしれません.

2013年12月6日金曜日

クリスマス飾り

もうじきクリスマス.街の飾りが否応にも気分を掻き立てますね.こんな歳になっても気分は同調してしまいます.部屋には毎年同様のツリーを取り出したり,カミさん作製のクリスマスグッズを飾ってみたりしています.カミさんは東京の娘のところに入り浸りで,静岡では私はほとんど一人きりですが,のんびりくつろいでいます.近所の庭先にもクリスマスのイルミネーションが点灯し始めました.毎年の終わりを告げるきらめきです.

2013年12月5日木曜日

BF定演

今年7月開催のBF第22回定期演奏会のCD,DVDがようやく手元に届きました.今回のDVDは曲の演奏パートに合わせたカメラワークで,鑑賞用DVDとして大変見やすくなりました.入魂のボッタキアリも魅惑のミケーリも苦労した分,感慨深いものがあります.メンデルスゾーンもハイドンもそれなりの音楽性を表現できましたし,ラストのボルツォーニ,アンコールのマネンテもBFらしさを十分発揮した熱演でした.今回の定演にて私としては最後の参加となりますが,BFでの3年間の演奏体験は大変貴重で,充実したものでした.3回の定演それぞれに苦労した曲がありますが,苦労話は練習後の飲み会で消化しつつ,次の練習への糧としておりました.私にとってBFとは音楽性,技量,使用楽器,飲み仲間等々,理想的な団体でした.静岡の地からの参加もできないことではありませんが,やはり地元の愛好会での活動を第一としたいですし,BFは私の技量からすれば,かけもちで参加できるような団体ではありません.もう少し技量と若さがあれば違った選択だったかもしれません.

2013年11月30日土曜日

朝の景色

2013年も12月を残すのみとなりました. 静岡に戻り2ヶ月となりますが,日々のんびりした時を過ごしています. 目覚まし時計から解放された朝は,実はこれまでとあまり変わらず,早く目が覚めます.長年にわたり暮らした習わしなのでしょうか. 静岡M愛好会は毎週1回の平日練習と月1回の日曜練習が組まれており,私の如く暇人にとりましては曜日を忘れることもなく,ほどよいスケジュールとなっています.仕事をされているメンバーにとっては毎回の出席は苦痛かもしれません.来月には老人ホームでのボランティア演奏が2件と3月に開催される県マンフェスティバルのための練習日も加わり充実した日々が過ごせそうです. このところの好天が続いているおかげで,マンション裏手から望める富士が日々,清々しい姿を見せてくれます.

2013年11月11日月曜日

ブログ再開!

定年退職やそれに伴う引越しに加え,PCの故障が重なり,2ヶ月程ブログをお休みしておりましたが,ようやく落ち着き,PCも新調しましたので再開することにしました.まずはこの2ヶ月間のトピックを書き留めましたので掲載してみます. 2013年9月20日「最終出社日」  来月の定年退職を控え,9月20日(金)を最終出社日としました.期末,期首の時期であることや,引き継ぎ業務のタイミングを考慮し,大安である日を選びました.前日には担当部門にて送別会を催していただき,いよいよ定年退職かとの実感がふつふつと湧いてまいりました.これまで私は社内では硬派の突っ張りタイプでしたが,こうして温かく見送っていただくと何とも嬉しいものです. 2013年9月30日「引越し(荷出し)」  これまでの幾度かの転勤による引越し経験から,荷物量と荷造り時間のおおよその予測がつくようになりました.転勤族ですのでもともと荷物は多くないはずなのですが,今回は予想通り,業者による荷出し作業だけで丸二日もかかってしまいました.東京には6年間暮らしましたが,その間に予想外の垢がたまっていたようです.ほとんど着ない衣類や見もしない紙類等,この際思い切って廃棄しました.がらんどうになった部屋を改めて眺めてみますと,6年前,東京での住居探しでこの物件に決めたときのことを思い出します.月々の家賃負担は半端ではありませんでしたが,都心へのアクセスの良さや,南面向きの明るい部屋は決定ポイントでした.住み慣れたこの部屋ともきょうでお別れです.入居挨拶用の東京土産は東京駅ステーションホテル2階の虎屋で羊羹を買い求めました.この品はカミさんのこだわりのようです.東京を去る一抹の寂しさと自宅へ戻る嬉しさが交錯しながら新幹線に乗り込みました.静岡には1時間で着いてしまいます.駅前のホテルアソシアにチェックインし,すぐ隣の鮨屋で遅い夕食を済ませました.さあ,明日は荷受けです. 2013年10月1日「引越し(荷受け)」  朝から本降りの雨です.せっかくの我が家への引越し日だというのに...いささか残念な気持ちのままタクシーで自宅へ向かいます.そういえば,本来は引越し前に一度は訪れ,床や押し入れ等拭き掃除くらいしておくべきでありましたが,ついつい多忙にかまけて放っておいたのが雨にたたられた一因かもしれません.さてさて,部屋の中はどんなかと不安気味に玄関ドアを開けました.果たして床のフローリングから壁のクロスまでほとんど 新品同様にクリーニングされており,これにはカミさんも感激!ほとんど拭き掃除は不要なほどでした.予定時間に引越し業者が訪れ,その頃には雨もあがり,陽が射し込んできて天候も回復してくれました.荷物が多いだけに開封作業もかなりの時間を要し,しっかり夜までかかってしまいました.それでもなんとかリビングスペースだけはきれいに整理しました.あとは寝床を確保するのみです.こうして,恐らく最後となるであろう引越し作業は無事終了したのであります.とにかく疲れた!早く寝ることとします. 2013年10月9日「静岡マンドリン愛好会復帰」  15年ぶりの復帰だけに初回練習への参加には若干の緊張感がありました.当時のメンバーで残っているのは10人ほどですが,はたして何人が練習に出てくるか,ほとんど知らないメンバーばかりでは居所が悪いし,若手ばかりだったらさぞかしばりばり弾きまくり,ついていけないのでは...などと不安を抱えつつ練習場に入りました.幸い5,6人の馴染みの顔が目に入り,ホッとしました.本日の曲目は単なる練習候補曲のようですが,2曲ともここ最近弾いていた曲でしたので難なく加わることができました.初回練習とのことで,やはり力が入っていたようで,練習後半は指がつってしまいました.これはここ数年来の悩みですが,なんとか抜け出したい症状です.こうして愛好会復帰デビューは不安を抱えつつもなんとか果たすことができました. 2013年10月12日「末広中学校同期会」  小学校や高校の同窓会企画はこれまであったのですが,中学校での集まりは初めてでした.中学時代といえば女生徒を意識し出した,甘酸っぱい思い出のあふれる年代です.初めてラブレターを書いたあの娘は出席しているだろうか,成績の差で異なる高校へ進んだあの娘は?などと期待と不安の中,会場のホテルアソシアへ足を運びました.あいにく該当の二人には会えませんでしたが,懐かしい顔ぶれや意外な方々との出会いで,思い出話が弾みました.なにせ44年ぶりの再会です.私自身も含めてですが,経年の変貌ぶりには驚かされました.当時はクラスが14もあり,学年では640名を数えましたが,本日こうして100名余が集まったのは幹事の方々のご苦労の賜物です.伺えば,すでに亡くなられた方が20数名,所在不明が160名余おられるとのことです.44年という長い時間を経てもなお,こうして再び静岡の地にて同期の方々とお会いできることの幸せをかみしめておりました. 2013年11月10日「浜松マンドリンオーケストラ第40回定期演奏会」 あいにくの小雨模様の中,浜マンの第40回記念定期演奏会に出かけました.在来線にて70分程で浜松に到着.浜松駅に降り立つのは15年ぶりとなります.演奏会まで時間がありましたのでアクトシティ内の楽器博物館を訪ねました.入口付近のフロアではアジアの楽器群が所狭しに展示されており,まずはその絢爛豪華さに目を奪われました.当館には期待したマンドリン属は少ししか無かったのですが,とにかく世界の弦楽器から管楽器,打楽器に至るまで,ありとあらゆる種類の楽器群の多彩さには圧倒されました.限られた時間でしたので,それぞれ音を確かめるまではできませんでしたが,いつか改めて,じっくりと巡りたいと思います. 昼食は駅前の鰻屋「八百徳」の鰻茶漬け(「櫃まぶし」とは呼ばない)で腹ごしらえ.やっぱり浜松に来たら鰻ですね.久しぶりに味わう美味に大満足! さて,浜マンは20年ほど前に浜松に転勤となった折に,2年間ほどお世話になった団体です.短い間でしたが,ジャンルを問わず自由な雰囲気の当団での活動は大いに楽しい時を過ごすことができました.今回の記念演奏会プログラムもオリジナル,アニソン,クラシック等バラエティに富んだ浜マンらしいものでした.嬉しかったのは当時の同世代のメンバーが相変わらず頑張っている姿を確認できたことです.演奏終了後,ロビーにて何人かと話すこともできました.来年は愛好会が40回記念演奏会を迎えますので,浜マンのメンバーも来場してくれれば嬉しいですし,県のフェスティバルでもお互いにマンドリン音楽を盛り上げていければと感じた次第です. 帰りは新幹線で30分もかからず静岡に到着.静岡の街路もクリスマスの飾りつけで賑わってまいりました.